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2012年2月7日火曜日

マサイビーズ1つお買い上げで苗木1本分の貯金に!

ママの一人が一生懸命、撮ってくれた奇跡の1枚w

昨年の夏前に出会い、一緒に環境保全の歌を歌ってきたマサイ族の女性グループ「Naretoi Women Group」。Naretoiとはマサイ語で「助け合い」という意味。


この女性グループを初めに紹介してくれたのは、オロルルンガ小学校の環境クラブ担当、Joice先生だった。(テレビの番組の中で私の横で一緒に授業をしていた先生です。なんと今年からオロルルンガ小学校の校長先生に昇進!!)英語が全く通じないので、スワヒリ語とマサイ語のみ。最初はJoiceの助けなしには意思疎通できなかったが、今では私のスワヒリ語がだいぶ上達したのか、または、以心伝心ができるようになったのか、何の問題も無く彼女達とコミュニケーションできている。
野生の木から種を採取して、苗木園を復活させました!


このグループは、自分達の森を守っていきたいという想いがあって、苗木作りなどにもチャレンジした経験があるが、なかなか上手くいかず挫折したという経験がある。こういうケースは多い。気持ちはあっても、収入に結び付きにくい苗木を育てるような活動はなかなか継続が難しい。(ある程度の収入が見込めるような苗木園はかなり大規模なものだ。)グループの収入向上というのも、私のケニアでの仕事の一つなので、色々と考えた結果、ママ達の得意分野 ”マサイビーズ製品”を売って、その収入の一部で苗木園を継続させるというプロジェクトを始めた。


伝統的な飾り
何度も会議を開いて、商品の売り上げのうち、20%~30%(20シリング程度)を苗木用の貯金にすることを決めた。最初は、マサイ族の伝統に限らず色んなビーズ製品にチャレンジしていたが、作り慣れた伝統的なものを活かす形で商品を開発できないか、ここ半年ほどずっと試行錯誤してきた。



只今の商品ラインナップはこんな感じです♪

ポップな色が可愛いピアス☆

ボタンを使った伝統的な飾りのキーホルダー

お客様の声をもとに真中のボタンをビーズに変えたキーホルダー(バージョンアップ)
元気の出るマサイカラー携帯ストラップ(チャーム付き)

首にかけられるロングストラップ☆携帯、カメラ、名札などに使えます。
伝統的な飾りのチャーム

マサイ布のポーチとチャームのコラボ♪
牛の皮をにビーズを縫いつけた飾りのヘアゴム♪

豪華!マサイビーズのハンガー☆


これらの商品は、JICAオフィスの展示販売ブースやナイロビのお店に置かせてもらったり、イベントなどで販売している。
お陰さまで、苗木貯金 只今 5320 シリング!!


このママ達に限らず、オロルルンガ村の女性達は、普段はそれぞれの家で家事をこなしつつ、野菜を市場で買ってきて家の近くで売るなどの超小規模ビジネスを細々とやりながら日々の生計や教育費の足しにしている。でも、うちの近くのマーシィと一緒で、ちゃんとビジネスが成り立っているのかイマイチ不明・・・。ビーズ製品に至っては、バイヤー(一般の人や、観光業の人達)に買い叩かれ、下手をすると材料費の元しか取れないような値段で売っているケースも少なくない。


このプロジェクトのもう一つの狙いは、ママ達にビジネスの超基本的なこと(商品の質、値段のつけかた、お金のやりとり、サインの仕方・・・など)に少しでも気付いてもらうこと。

当初の計画では、ナロクの地の利を活かして、なんとか観光業と結び付けたいと考えていたが、なかなかマーケティングは進んでいない。でも、あと1カ月、あきらめずに色々と当たってみたい。


3月に、苗木貯金を使って苗木を買い、それぞれのお家に木を植えることになっている。楽しみ(^▽^)





2011年12月3日土曜日

シマウマと走る

Tシャツとゼッケンを付けて準備万端!!
さて、マサイマラ・マラソンはどうなったんだ!?
と色んな人からメールをもらったので、ご報告。
走りましたよ~。ちゃんと!

私の任地ナロクから近いこと、森林保全を掲げたイベントだということ、そして、私の職場の同僚がスタッフをしてること、、、など色々とあって、ノリで参加することになったマラソン大会。

会場が思ったより奥地のサバンナで、
手配していたマタツが遅刻したあげく途中で迷っちゃって
無事に辿り着くかすら危うく、ドキドキしたけど、
なんとか間に合ったぜ~!!ホッ(^。^)

元マラソン選手のスティーブン(同僚)



っていうか、さすがケニアのイベント。全然時間通りに始まる様子も無く。サバンナと一緒に記念撮影♪

5Kmのファンランと21Kmのハーフマラソン。もちろん私は5Km。 このマラソン嫌いの私が走ること自体、奇跡!

あ、スティーブン発見。職場の同僚で、元マラソン選手の彼は、現在はコーチをしながら、私の職場のようなお役所のスポーツインストラクターなどをしている。この前のサッカー大会の時は本当にお世話になった。
スティーブンが一生懸命、スタート地点に押し寄せるランナー達を押し戻していた。

その次の瞬間。「そこ、スタートラインじゃないよ!」と他のスタッフから声がかかり、「え~・・・」っていう声と共に人々が散って行った(笑)このグダグダ感。ケニアだ~


スタート前の余裕の笑顔

だだっぴろい草原にスタートとゴールが一緒になったゲートが一つポツンと立ってるけど、それ以外は、コースが一体どこなのかも分からない。横を見ればシマウマとガゼルが草を食みながら、赤いTシャツを着て走る人間達を見ている。確かに世にも珍しいマラソンだ。

たった5kmのくせに「私はなんでわざわざ疲れるために走ってるのか・・・」と早くも走りだして数分で後悔。初めはちょっと走っては歩いて、また走っては歩いてを繰り返してた。協力隊仲間はみんな遠くに行ってしまったし、歩いてる時は、シマウマを見たりして、それはそれで楽しいからいっか~なんて思ってた。

半分くらいまでやってきて、さっきから、ずっと同じお婆ちゃんの姿を見てることに気づいた。めっちゃめちゃゆっくりだけど、絶対に歩かずに走り続けるお婆ちゃん。私が走ると追い越してしまうが、歩いている時に抜かされる。

どこまでも続く青空の下、草原を走る
「せっかく走りに来たんだから、嫌がってないでこの状況を楽しもう!」お婆ちゃんを見ててそんな風に思ったので、それからは私もスピードをめちゃめちゃ落として、でも絶対に止まらないように心がけた。サバンナを吹き抜ける風が気もち良い!シマウマが2頭、じゃれて走りまわってるのが見えた。楽しくなってきた。

そんなこんなで、私が思っていたよりは結構早くゲートが来た。最後ダッシュしようかと思ったけど、敢えてそのままのスピードを保ってゴール!しんどかったけど、なんだか大切なことを学べた気がした。

21K(ハーフ)を走った人は、本当に尊敬する。
しかも噂によると、ウォーターポイントで水が貰えなかったり、川を渡らなきゃ走れなかったり、かなりサバイバルなハーフマラソンだったらしい・・・(@_@;)


いくつものマサイ族のチームが本格的なダンスを披露!

もう二度とマラソン大会に参加することはないと思うけど、でも来て走ってみて良かった~!
ゴールで記念撮影♪


2011年2月2日水曜日

オロロイト村の小学校

ご無沙汰しております。
なんだか1カ月に1回のブログ更新が型にはまりつつある今日この頃。
何とかこの状況を打開したいな~と思いつつ
日々、日常の小さな事に対応しながら楽しく生きています。

今日は、ちょっと真面目(?)な活動のお話。良かったら読んでください☆

                ***

ナロクの中心地から北へ車で5分ほど公道を走り、ガタガタ道に入って20分ほど行くとオロロイト村という小さな村がある。村に一つのオロロイト小学校は、児童数500名程度の日本で言えば中規模校・・・という所だが、他のケニアの公立小学校と同じように、学年に1つの教室しかないので、50人~60人が一つの教室で勉強している。ちなみに、ケニアは小学校8年間+高校4年間のシステムを導入しているので、小学校は1年生~8年生まで。1月から新学年がスタートする。

オロロイト小学校は、うちの職場が進めているGreen school programに参加している学校の1つで、以前は校内に苗木園があり、育てた苗木を学校の敷地内に植林していた。2年前に植えた木が、今子どもの背丈を越えるくらいに育っていた。その後、なぜ活動がストップしてしまったのかというと、理由は2つ。『水と動物』だ。

水というのは、説明しなくても分かるかもしれないが、要するに水不足。水道の通っていない村の小学校では、雨水を溜めたタンクと川から汲んで来る水だけが子ども達の飲み水や生活用水になる。ここ数年、川の近くにゾウが出るようになり、満足に水を汲みにいけなくなってしまったらしい。子どもの飲み水を優先すると、苗木にあげる水はない。
代表的な理由のもう一つは、「動物」。これは、ゾウなどの野生動物も指すが、このマサイランドでは、特に「牛、ヤギ、羊」などの家畜を意味する。オロロイト村の住人もほとんどがマサイ族のため、そこら中で牛やヤギたちが放牧されている。学校が休みになると、特に木の葉が大好きなヤギ達がやってきて、根こそぎ苗木や若い木の葉を食べ荒らしてしまうのだ。

ナロクへ赴任して半年間、私は職場の人にくっついて、様々な小学校を回って来たが、どの学校もこの「ヤギ問題」を挙げる。確かに、私も昨年11月頃、苗木を育てようと思って玄関先に置いていたら、ヤギ達に食べられてしまった苦い経験があるので、気持ちは分かるような気がする。とにかく、ヤギ達に食べられないようにするためには、苗木園、そして植林した学校の敷地をフェンスでぐるりと囲うようにしなければならない。

(1校だけ、フェンスがなくても成功している学校があった。それは、学校の苗木をもしヤギが食べたら、お詫びにヤギを2頭学校へ渡さなければならないという約束を、地域住民と交わしているからだった。すごい学校だな~とジョンと共に感心した。これが他の学校へ広がればいいな~と思って紹介はするが、実際にはなかなか上手くいかないらしい。)

オロロイト小学校の苗木や若い木も、学校が長い休みの間に、ゾウやヤギにやられてしまったということだった。土地という概念が曖昧なケニアでは、「ここからが小学校」という明確な塀やフェンスがない学校の方が多い。この小学校に限らず、Green Schoolの代表的な課題としてこういう問題があるんだということが、何となく見えてきた。

私達はこのオロロイト小学校をモデルスクールの1校に選び、こういう課題を解決しながら、環境クラブの活動として苗木園を続けていくための道を模索することにした。といっても、ジョンは学校のプログラムだけでなく様々なプログラムを一手に抱えている。そもそも、私の職場(政府機関)ですら、ものすごい広大な管轄地域を実質ジョンとピーターの二人が請け負っているという状況がある。なので、これから学校へ密に関わっていくのは、主に私で、ジョンやピーターは時々様子を見に来て貰うことになった。

この半年間、できるだけ職場の人のサポートに回るために、職場の人の仕事の様子に合わせて、私が何かを言いだして動くということが極力しないようにしてきた。私がすることを「Sachiko Program」にしたくなかったのだ。でも、このまま動かないと何も始まらないな、とやっと思えるようになって、1月から積極的に動くことにした。発案書も自分で書き、日程を組み、それに合わせて同僚達に声をかける。車を手配してもらう。小学校の先生達に連絡しアポを取る。こういうことを私がやってはいけないのでは・・・と思っていたけど、短い時間の中で私に出来ることをまずやり始めて、その中で持続可能なことが見えてくるかもしれないと考えを改めた。

というわけで1月に入って、突然忙しくなった。
昨年1度しか訪問しなかったオロロイト小学校には、今年に入って、もう3度も訪問した。1度は子ども達を集めて「水と森」の授業。今までの「トークオンリー」の講義ではなく、地球儀やバケツの水、私が描いた絵やチャートを駆使して、授業をしてみた所、子ども達は一生懸命聞いてくれて、授業を一緒にやったジョンも大満足だった。

この波を逃すかと思って、次は保護者会のミーティングの時に、同じ授業をやらせてもらうことができた。ほぼ全員マサイ族の保護者達が並ぶ会場で、大人達がどんな反応を示すかすごく心配だったけど、意外に皆食いついてくれた。ジョンの演説上手の癖が出て、初め20分の予定だった授業が1時間半かかったのは反省点だが(本人は全然気にしてないのが問題!)とりあえず、保護者を前に授業できたというのは一歩前進かもしれない。

色々やり始めて実感したこと。。。
それは、(ケニアでは)プッシュしないと物事が動かない。そして、プッシュをかけたら、意外に物事が動く。ケニアを括弧に入れたのは、日本だって似たような所があるから。プレッシャーがかからないと動かないという人間の常は世界中どこでも一緒だろう。しかし、ケニアでは、この傾向がすごく大きい気がする。「明日誰々が来る!」とか「今日何々がある!」とかいう段になって、今までチャイを飲んでのんびりしていた人々が一斉に動き始める。こんな情景は、うちの職場でもたくさん見てきた。それで、間に合う時もあれば、間に合わないけど途中まで進むなんて時もある。

「来週の火曜までに苗木のフェンスを作っておきます。材料はあります。」と約束したって、十中八九出来上がるはずはない。日曜日に校長先生に連絡しプッシュを頼み、月曜日に学校へ連絡し状況を聞き、当日の火曜日の朝「今日行きますよ。フェンスは出来てますか?」と聞いて、やっと「それが、出来てないんだけど、あなたが来るまでに必ず終わらせるから!」という返事が返ってくる。そして、昼ごろ到着すると、真新しい木のフェンスが出来上がった所だった、、、という感じだ。

それでも、一生懸命、フェンスを作ろうとしてくれた先生達の気持ちが私は嬉しかった。役場(今の私の職場)の視点から言えば、「フェンスができて苗木園が出来上がりました」という所で満足してしまいがちだが、その先、苗木を枯らさないように毎日水をやる子ども達とそれを指導する先生達の地道な活動があることを私は知っている。だからこそ、その地道な活動をどんな風に進めていけばいいのか、そこを先生達と一緒に考えていきたいと思ったのだ。

私がプッシュして進んだ物事は、もしかしたらプッシュする人がいなくなったら進まないままなのかもしれない。でも、それより先にある事を一緒にすることで、職場の同僚や、学校の先生や、子ども達のうち、誰か一人でも新しい事を考えてくれたり感じてくれたら、もしかしたらその人が次に行動を起こす人になるかもしれない。そう思って、今は、可能な限り密に連絡を取って、物事を進めていってみたいと思う。
(ま、連絡を取っても進まないことも、山ほどありますけどね!)

2011年1月13日木曜日

2010年から2011年に跳んだ夜

あけましておめでとうございます!!
今年もさちこのポレポレブログ、宜しくお願いしま~す♪

どこまでの続くサバンナの奥からひょっこり顔を出した
ケニア2011年の最初の太陽。


















今日、職場の同僚に、年越しのことを「跳ぶ」って言うんだよと教えてもらった。
2010年から2011年に跳んだ夜、私達はとあるマサイ族の小さな村にいた。
空の色が刻々と変化し、サバンナに夜が訪れる。
























サバンナの夜は意外に寒い。
ありったけの服を着こんで焚火に当たりながら、見上げると視界一面が星で埋め尽くされている。真っ暗の中に美しい衣装を身に付けたマサイの女性達の姿がぼんやりと浮かび上がる。スポットライトも音楽を流すステレオも何もない。低く単調な独特な歌声に身体を任せてリズムを刻んでいると、自分という存在がだんだん歌声と一緒に空気に溶けていくような心地良さを感じた。


















2010年から2011年に跳んだ瞬間、
みんなで両手を挙げて「Happy New Year!!」と叫んだ。
見上げたみんなの指先には、星の草原がどこまでも広がっていた。

今年も色んな事があるだろうけれど、ぜーんぶひっるめて
素敵な1年になりますように。

2010年11月10日水曜日

世界一大きな卵焼き!?


先日、ダチョウの卵をゲットした話を載せましたよね。

ちょっと前になってしまいましたが、その後、世界一大きな卵焼きを作るべく、パーティを開催しました♪

一人じゃ絶対に食べきれないので、メディカルキャンプのMoses、アメリカ人ボランティアのMegan(彼女はアメリカ平和部隊「ピースコープ」で来ています。JICAと同じようなもんです。)それから、アメリカのNGOでマサイ族を支援しているというMeganの友達二人を招待してワイワイ☆

ダチョウの卵と鶏の卵。。。ひえ~、やっぱりデカイ!!

まずは、どうやって中身を取り出すか!?
本当は、普通に割ったら良いんだけど、せっかくのダチョウの卵なので、殻は殻で後でマサイ族の友達にビーズで飾り付けをしてもらいたい。
ということで、小さな穴を開けて中身を取りだすことになったのだが、なんとMosesが約束していたドリルを忘れたという・・・(@_@;)

しょうがないので、ナイフの先を使って根気よくグリグリ、グリグリ頑張ること20分。穴が開きました!




反対側にも穴を開けて、息を吹き込みます。














大きなボールいっぱいのダチョウの卵!














フライパンに入りきらないので、2回に分けて卵焼きを作りました☆
(というか、Meganが作ってくれました^^)
インターネットの情報によると、ダチョウの卵は、水っぽくて鶏の卵に比べると美味しくないとのことだったけど、実際は黄身もしっかりしてて、とても美味しかったです♪


そうそう、
Meganは、なんと2004年に京都に1年間住んでいたんだって!
だから、日本語もちょっと話せます。
もしかして、私達、四条かどっかですれ違ってるかも・・・そんな二人が、同じ時に、同じボランティアとしてケニアのそれもナロクという小さな街で出会うなんて・・・縁を感じるな~(*^_^*)

2010年10月26日火曜日

ダチョウの卵


Mosesのメディカルキャンプ2日目のこと。

ナロクから現地に向かう途中、
ぽつんと立った一つの木に何頭ものキリンたちが群がって一生懸命葉っぱを食べる姿が見えた。

この乾燥の地で、キリンたちも、食べ物を探すので必死なのだ。

木も可哀そうだけど・・・



1日目に受付だけをして受診できなかった人々に加え、新しい人々、そして学校の子どもたちが加わり、2日目も大混雑。診察用紙を持った人々が詰めかけた。反省を生かし、初めから列に並んで座ってもらえるように椅子を配置、一人ひとり、「あなたココ、はい少し動いてください!」と声をかけながら、なんとか順番に受診ができるようになった。。。

ふ~っと息をつくも束の間、一人のおじいちゃんが頑として動いてくれない。
「どうしたんですか?」と聞くと
どうも、子どもと一緒の席に座るなんてできない、ということらしい。

雰囲気から察するに、もしかしたら村の長老なんだろうか。
ちょっと迷ったが、ドクターに相談して、この長老は特別に先に受診することになった。
『順番抜かし』ではあるが、このプライバシーも何もないような騒然とした診察室で、少しくらい文化的なことに配慮することも必要なのかもしれない。

私がちょっと目を離しているすきに、列はぐちゃぐちゃになり、結局昨日と状況は変わらなくなった。
でも、途中から英語とマサイ語の両方を理解する学校の子どもの一人が通訳兼アシスタントになってくれたので、大助かり!!

まだ、12歳やそこらなのに、英語、スワヒリ語、マサイ語を操るなんて、本当にケニア人には脱帽。






今日も1日があっという間に過ぎた。
帰ろうと言う時になって、車が故障。待ちぼうけをくらっている時だった。
オランダ人のMarchが「Sachiko!ちょっと来て!」と呼んだ。
行くと、マサイ族のママが何やら白い麻袋を下げて立っている。
「私は買えないけど、Sachikoは興味あるかと思って・・・」
中から出てきたのは・・・

ダチョウの卵!!

でかっ!!


(これ、野生のダチョウの卵だよな・・・良いんだろうか・・・)
と思いつつ、きっと私が買わなくても誰かが食べることになるんだろうと思いなおし
一つ買ってみることにした。500シリングだったのを、200シリングにまけてもらった。

食用では、世界一の大きさだと言われるダチョウの卵。ずしっりと重い。

Mosesによると、上手に穴を開けて中身を取り出し、卵の殻はビーズなどを飾って装飾品にするらしい。
とりあえず、近いうちに私の家でダチョウの卵パーティをしようということになった。

最後に参加メンバーみんなで記念撮影。
あっという間の2日間だったけど、色んなことを学んだ気がする。
思い切って参加して良かった!!

色んな出会いに感謝です♪

2010年10月22日金曜日

マサイ族の村へ医療を


うちの職場には、色々な人々が出入りしている。
特にこれといって仕事がない私は、毎日オフィスの自分の部屋を出たり入ったりしながら、
知らない顔に出会っては、握手をして自己紹介をする日々。

Moses も、そんな風に職場で出会った一人だ。
彼は大学を卒業後、故郷マサイの地へ戻り、貧しい人々をアシストするためNGOを立ち上げ活動している。

環境教育のお仕事とは直接関係ないんだけども、実際の人々の様子を見てみたくて、Mosesと一緒にとあるマサイ族の村を訪問することになった。

彼のNGOのプロジェクトの一つである『メディカルキャンプ』は、近くに病院もなければ、病院へ行くお金もないマサイ族の人々へ医療と薬を届けるプロジェクト。
今回は、オランダからのお医者さんPeter と奥さんのMarch、そしてナイロビ大学の医学部の学生グループに同行させてもらうという形になった。薬は、支援金で買ったものと、Mosesがナロク中をかけずり回って寄付で集めたもので、トラックいっぱいだ。

ナロクから車で15分ほど走ったエワソンギロ(Ewaso N'giro)という街から左へ入る。
道はもちろん舗装されてないので、雨に浸食されガタガタ、ボコボコ。まっすぐ走ることはできない。溝や穴を上手に避けながら、ジグザグに注意深く車を走らせなければ、すぐにパンクかスタックだ。
ケニアのドライバーは、ほんと凄いな、といつも思う。しかも、ものすごい砂煙で前がほとんど見えない。

どれくらい走っただろうか。
Mosesに聞いても、「もうちょっと行った所!」だという。
マサイ族にとっての ”もうちょっと”ってどれくらいなんだろうな~・・・などと、ぼんやり思っていたその時、
遠くにポツンと一つ、看板が現れた。小学校の看板だった。

その看板を左折してから、さらに何十分走ったか、やっとトタン屋根の小学校が視界に入った。そして、赤い布を纏ったマサイのママたちや老人たちが、小学校へ向かって草原を歩いている。

小学校へ着くと、既に情報を聞いて集まった人々で溢れ返っていた。







診察を始める前に、まずは受付と会場設定をする。
会場は学校の1室。木の机を二つ並べて、そこへ子ども用のマットレスが運ばれる。即席のベッドになる。さすがに、丸見えでは・・・ということで、その辺の人たちからシュカ(布)を借りて、これまた即席のカーテンを作った。

受付は大変だ。みんな、英語はもちろんスワヒリ語も話せない人が大半で、字も読める人はほとんどいない。マサイ族のMosesたちが、一人一人、名前を聞いて診察用紙に書き取っていく。

私の仕事はというと、『交通整理』。
簡単そうで、これが結構大変!!
診察用紙の番号順に並んでくれたりしたら、すごくラクなんだけど、好き勝手な場所に座り込んだり、
診察室が人だかりになったりで、大混乱。
とにかく診察室の外に座って、名前を呼ばれるのを待ってもらうことになった。

それでも、用紙を持つ私のところへ人々が押し掛ける。
「ターニュペニュ!(ちょっとまってね)」というマサイ語だけを覚えて、連発。
なんとかスムーズに行くようになったら、今度はHIV検査をする別の部屋に呼ばれた。

そこにも人々がうじゃうじゃといて、ドクターが一人呆然と立ち尽くしていた。
「Sachiko!この人だかりを何とかしてくれ!」
そんなこと言われたって、私マサイ語わかんないんですけど・・・

医療のことが分からない私は、どうせ何もできないだろうと思っていたが、
人手が圧倒的に足りていなかった。

しょうがないので、知ってる限りのマサイ語とスワヒリ語、そしてボディーランゲージを駆使して、人々に列を作ってもらう。そうこうしながら、一方で検査を受けた人の診察券を作らないといけないので、大忙しだ。難しいマサイ族の名前を書き写すのに悪戦苦闘してると、新しい人だかりができ、せっかく作った列はバラバラになっていたりする。

ドクターはドクターで、どんどんHIVの検査をしていき、結果を私が書き取るのだが、
診察用紙の順番通りに並んでいるかも分からないし、本人も字を読めないし、
(大丈夫なんだろうか??)と不安を感じることだらけ・・・
でも、出来ることやるしかない。出来る限り、本人の確認を取りながら慌ただしく時が過ぎていった。

10時に到着して以来、飲まず食わずで働き、気づくと夕方4時になっていた。

Marchが「ランチが準備されてるから、ちょっと休憩しましょう。」と私達を呼びに来た。
患者さんたちを置いて休憩に行くのは気がひけたが、さすがに休憩しないと身が持たない。
すぐに帰るからね、と言って遅いランチを食べに部屋を出た。

ランチは村のご馳走、ヤギの『ニャマチョマ(焼き肉)』とライス。美味しかった。
一日一緒に働いていたドクターは、「Sachiko、食べたらすぐに戻ろう。患者が待ってるからね。」と言って急いでご飯を食べる。患者はほったらかしで自分のことを優先するというドクターが街の病院にたくさんいる中で、こんなドクターもいるんだなぁ、とちょっと感激してしまった。

その後も、6時近くまで診察券を作り続けた。
リストは120名を超えた。
それでも、今日は受付だけで診察まで辿りつけなかった人々が140名もいたという。
その人たちは明日、再度受診に来ることになった。
中には歩いて2時間かけて、遠い村から来ている人たちもいて、このうち何人が明日来れるか分からない。

心地いい倦怠感と充実感を味わっていた。この頃オフィスの中で何をするでもなく、仕事を探しながら悶々と過ごしていたので、久々に「働いた!」という気がした。と、同時に、日本で毎日味わっていた『現場』を思い出した。

目の前の仕事に没頭できるという幸せもあるんだな~と再確認すると同時に、なぜケニアで学校現場の仕事を選ばなかったのかも思い出した。
ちょっと違う世界に自分を置いて、そこから物事を考えたり見たりしてみたかったんだった。

『現場』から少し遠いあのオフィスだからこそ、出来ることがあるんじゃないだろうか。

夕暮れのガタガタ道を車に揺られながら、ぼんやりとそんなことを思った。